ネパール(ヒマラヤ山脈トレッキングなど)

今回は3カ月の時間をかけてネパールのヒマラヤ山脈のトレッキングに行ってきます。
行きは、まず上海で到着した空港と別の空港に乗り換えるという非常にややこしい乗り換えをして、昆明に来ました。上海で別の空港に電車で移動することを当日のその時まで知らなかったので、急遽タクシーで別の空港まで向か会うことに、いきなり余計な出費をしてしまいました。ここ昆明では帰りに一時身動きが取れなくなるピンチにも見舞われましたし、ハプニングの多い航空機移動になりました。


しかし、のちにこれの副作用がきつかった。




素敵な絵を探すのも楽しいですね。













しかし、飛行機は欠航。これで四日連続の欠航だそうだ。エベレスト街道までの飛行機は飛ぶかどうかすらわからないのが特徴だ。空港は四日間飛行機が飛ぶのを待ち続けた人たちでごったがえしていた。
初日は散々待った挙句、飛行機は飛ばずじまい。でも、ルクラに雲がかかってしまうと飛ぶことができない事情がある以上完全に晴れるのを待ち続けるしかない。
翌日も朝早くから空港に向かう。その都度タクシー代がかかってしまうが仕方がない。
運がいいことに私は二日目にして飛行機に乗ることができた。ただ、まだ油断はできない。フライト中にルクラに雲がかかってしまうとまた、カトマンズに引き返すことになるからだ。そのように引き返してきた人たちも空港にはいたからだ。
滑走路ではエンジンがかからす飛行機をみんなで押しながらエンジンをかける姿もあり、世界一危険な飛行場ともいわれる理由が分かります。








肥料はヤクやゾッキョの糞です。










この丸い球はヒマラヤの薬草からできている玉でそれぞれ違う薬草からできています。
味は日本の漢方がさらに強力になったような味です。










































































エベレスト街道で多くのチベット仏教徒の方々にお会いして、チベット仏教に興味を持ったので、チベット仏教寺院を訪れてみることにしました。





カトマンズでたまたま入った古本屋で日本語のチベット仏教生と死の書という本を見つけ購入しました。
かなり分厚い本でしたが、この本がとても興味深く、ネパール旅行の3カ月の間、時間のある時に常に読んでいました。その後のチベット仏教徒の方々との交流によりされにチベット仏教(密教)の奥深さを知ることになりました。

仏陀の遺骨が納められたネパール最大のストゥーパには、多くのチベット仏教信者の方々が集まってくる。
このストゥーパの周りには、チベット仏教の学校やカフェ、土産物屋など多くの人々で賑わっている。

ボダナートの周りにある、仏教画のお店で曼荼羅を制作してみました。

ヒンドゥー教の寺院を訪れたことがなかったので、人生で初めてヒンドゥー教の寺院を訪れてみました。
今回訪れたパシュパティナートは、1500年以上の歴史を持つネパールのヒンドゥー教最大の聖地。
ガンジス川の上流の川が流れているため、火葬場が隣接されており、亡くなった方の灰は聖なるガンガーに通じるこちらの川に流されます。
私が訪れた時も一人の老人のご遺体を聖なる河、そして地球に還していくところでした。
ヒンドゥー教の寺院の周辺はまさにインドの雰囲気。当時はインドに行ったこともなかったのですが、それでもこれがインドかと思ってしまうようなインドの雰囲気を感じました。ヒンドゥー教はインドで大多数を占める宗教なのでヒンドゥー教のイメージとインドのイメージはとても近いものがあると思います。
インドとは違いヒンドゥー教徒でない私は中に入ることはできませんでしたが、シバ神の乗り物である牛の金色のお尻を見ることができました。
こんなに大きな牛がいるところを見るとこちらはシバ神の寺院です。


まずは、パダンのダルバート広場を散策します。
今思えばネパールのエキゾチック感は凄いものがありますね。


その方は日本語が達者で日本が好きという事です。今日親戚の結婚式があるので一緒に参加しないかと誘っていただいたので、参加させていただくことにしました。
この様に垣根が低いのも南アジアや東南アジアの特徴のような気がします。
ネパールの結婚式で重要な役割を担っているのはこちらの楽団のメンバーです。
中央の体格のいい楽団長の指示で常にお祝いのメロディーを奏で続けます。
この音楽がとんでもなくパワフルなテンションMAXの音楽で、この音楽が休むことなく夜までなりつづけるネパールの結婚式に近所迷惑という言葉は存在しません。
むしろ、みんな聴いてくれー、結婚式だよーみんな集まれー という感じです。



夜はお酒をラッパ飲みして歩きながら、新郎新婦の車と共に町を歩きます。
ろくに正装もできずに結婚式の食事もご馳走になり何から何まで頂いてばかりでしたが、非常に気さくで垣根のない結婚パーティーに参加させていただきとても楽しい思い出になりました。




バスで約8時間。アンナプルナの麓の町ポカラに着きました。
こちらは高原地帯のカトマンズと違い、一気に南国の雰囲気になりました。
光も温かく美しい街です。

カトマンズとは雰囲気が違います。



ヒマラヤ山脈のアンナプルナⅡとその周辺の山です。
ポカラ(標高800m)の町からの標高差は、驚愕の7000m以上 真ん中右のアンナプルナⅡの標高は7937mです。
雲のような場所に山が見える町など、世界中を探してもそう多くはないのではないでしょうか。

エベレスト街道との違いは、スタート地点の標高が低いので、登山中は熱帯の森の中を抜けていきます。
気温も高く暑いくらいです。
エベレスト街道には多くのシェルパ族が暮らしていましたが、こちらのアンナプルナ山群の南斜面にはグルン族と言われる民族が住んでいます。
シェルパ族とは違う文化を持ち、生活スタイルも違います。
グルン族は干し草を山のように積み重ねている光景をよく目にします。







ここで食べたジャガイモは人生で食べたジャガイモの中で一番美味しいジャガイモでした。
こちらの農家さんのレストランだけに言えたことではなくて、ともかく、ヒマラヤのトレッキング街道のジャガイモは美味しいです。有機無農薬、自家採取と三拍子そろっているだけでなく、高知栽培というのも影響しているのでしょうか。










写真はアンナプルナⅢです。












アンナプルナサンクチュアリからポカラに戻った時はちょうど1月1日
町中でお正月のセレモニーをやっていました。
ポカラの中心地の道が歩行者天国の様になり、多くの人で溢れていました。

やはり、トレッキングが楽しいという事で、続けざまにランタントレッキングへ出発しました。
しかし、訳あって向かう途中で帰ってきました。
そうこうしているうちに、ネパール人の知り合いにカトマンズで再会し、彼の家を訪問しました。
結婚して子供が生まれたばかりの家族でした。

チベットのシンギングボウルのヒーリングを体験したりしました。
この音の体験は極めて奥深い瞑想的響きで音の世界にここまで奥深いものを感じさせるものがあるのかという感動がありました。

ネパール的には丘なのでしょうけれども、標高2100mのナガルコットは日本的には立派な山です。
ナガルコットは村になっており、遠くヒマラヤを見渡すことができます。

このナガルコットで一人の僧侶と知り合うことになりました。
日本語が堪能なその僧侶は、バクタプルに普段は滞在しているそうで、バクタプルでチベット仏教についていろいろと教えてくれるという。
そして、ここからバクタプルでのチベット仏教勉強会が始まりました。
この僧侶の方と同じ宿に泊まり朝晩、チベット仏教のお話を聞く機会を得ることができました。

水場で女性たちが洗濯をしています。
ネパールの方々の多くは手洗いで洗濯をしています。
シェルパ族の村のナムチェバザールでも川で女性たちが手洗いで洗濯をしていました。
それをみて私も日本に帰国してからすべての洗濯物を手洗いで洗うことにしました。
それは、家に洗濯機がなかったというのが理由ではあるのですが、ネパールの方々の生活を自分も肌で感じたかったという事もあります。そのような生活を1年続けて思ったことは、仕事から夜10時頃帰って、毎日1時間洗濯ものを手洗いすることはなかなかハードな事でした。
今では洗濯機のありがたさが心にしみています。

バクタプルという町は昔ながらの雰囲気の残る素晴らしい街です。







チベット仏教についていろいろと教えてくれた方は、この後インドのシッキムに行くという事でした。
そこで、さらにいろいろ勉強しようと誘ってくれましたが、3カ月という長い間日本を離れていたので、今度は日本で仕事をしたくなり、帰国することにしました。

カトマンズ市内のあるインド占星術の占い師さんの所を訪れた時です。
半日かけてわたしのことを占ってくれたその占い師の方はもはや完全に超能力者の域に達している方でした。
私の過去について知っているだけでなく、私が過去にどんなことを考えて生きてきたかも見事に知っているのです。それは私の家族の事についてさえわかるという、ここまでの神秘的な経験は今までなかなかしたことがなかったので、私の人生において重要な一日になりました。精神世界、神秘的な世界の奥深さを身をもって体験することができました。